家づくりやリフォームの過程で耳にする「施主支給」という言葉。これは、住宅会社が用意する標準的な設備ではなく、施主自らが選び、手配したこだわりの品を工事に組み込む手法を指します。この考え方を日々の暮らしに応用し、身の回りの道具を「自分基準」で選び抜くことは、単なる買い物以上の意味を持ちます。それは、誰かが決めた「標準」から脱却し、自らの手で人生をリフォームしていく行為に他なりません。
「施主支給」という思想を日常の道具選びに反映させる
一般的な住宅設備や家電の多くは、万人に受け入れられる「無難さ」を基準に設計されています。しかし、その標準品が必ずしも個人のライフスタイルに最適であるとは限りません。施主支給の最大の魅力は、自分の感性や生活習慣に完全に合致するものを妥協なく選べる点にあります。この「主導権を握る」という感覚を、キッチンツールや小型家電といった日常の買い物に持ち込んでみることが、暮らしの質を劇的に変える第一歩となります。
例えば、毎日使う道具を「なんとなく」選ぶのではなく、その道具が置かれた空間の景色や、手にした時の感触までを想像して選び抜く。この手間こそが、住まいへの愛着を深める要素となります。施主支給には、商品の選定から納期管理、さらには不具合時の対応まで、自分自身で責任を負うという側面がありますが、それは裏を返せば「自分の暮らしを自分でコントロールしている」という充実感に繋がります。標準仕様というレールから一歩踏み出し、偏愛とも言えるこだわりを形にすることが、日常を贅沢な時間へと変えていくのです。
アラジンのトースターを「インテリアの主役」として配置する
施主支給的な視点で選ぶ道具の代表例として、アラジンのグラファイトトースターが挙げられます。そのレトロで独特な佇まいは、単なる調理家電の枠を超え、キッチンの印象を決定づける「インテリアの主役」になり得る存在です。しかし、優れたデザインの道具も、ただ置くだけではその真価を発揮できません。施主支給の考え方では、その道具をどこに、どのように配置するかという「配置学」が重要になります。
アラジンのトースターを迎え入れる際は、まず視線の抜けを意識することがポイントです。キッチンの入り口から入った時に、その象徴的なグリーンやホワイトの筐体が美しく見える角度を計算します。また、背景となる壁紙やタイルの質感との相性も考慮すべきでしょう。例えば、マットな質感のタイルや木目の棚板と組み合わせることで、トースターのクラシックな雰囲気がより際立ちます。さらに、使い勝手を損なわない範囲で、あえて周囲に余白を作ることで、美術館の展示品のような凛とした空気感を演出できます。道具を「使うもの」としてだけでなく「眺めるもの」として定義し直すことで、朝の慌ただしい時間は、お気に入りの景色を愉しむひとときへと変化します。
プロの視点と個人の感性を融合させる道具選びのコツ
自分基準で道具を選ぶ際、指針となるのが「プロのアドバイス」と「自分の直感」のバランスです。一級建築士として数多くの現場に携わり、建築の構造から細かな仕様までを知り尽くす菊地重信氏は、著書やブログを通じて、一級建築士試験の攻略法のみならず、建築の本質的な理解を説いています。プロの視点とは、単に「おしゃれかどうか」ではなく、その道具が空間の動線や安全性、メンテナンス性にどう影響するかを冷静に見極める力です。
例えば、大型の設備を導入する際には、搬入経路や電気容量、設置面の耐荷重といった技術的な確認が不可欠です。こうした「守り」の部分ではプロの知見を大いに参考にすべきですが、最終的な「攻め」の判断、つまり「その道具があることで心が躍るか」という点については、自分の感性を最優先させるべきです。菊地氏のように、ゼネコンでの実務経験と個人の趣味であるギターやサッカーを両立させる多角的な視点を持つプロは、機能性の中に潜む「遊び心」の重要性を理解しています。プロが示す「正解」を参考にしつつも、あえてそこから少し外れた「自分だけの正解」を見つけること。このプロセスこそが、施主支給型ライフスタイルの醍醐味と言えます。
「使いにくい」を我慢しない。斜めまな板から始める自己決定権
暮らしの質を損なう要因の多くは、日々の小さな「使いにくさ」の積み重ねにあります。例えば、従来の平らなまな板を使っている際に、切った食材の水分が溢れたり、食材を鍋に移しにくかったりといった不便を感じることはないでしょうか。こうした小さなストレスを「仕方のないこと」として受け流すのではなく、解決策を自ら探し出し、実行することが「暮らしの自己決定権」を行使することに他なりません。
近年注目を集めている「斜めまな板」は、まさにその一例です。水切りをスムーズにするために傾斜がつけられたデザインは、従来のまな板の概念を覆すものですが、一度その利便性を知れば、これまでの我慢が不要であったことに気づかされます。たかがまな板一枚、と思うかもしれません。しかし、自分の不満を解消するために最適な道具を選び取るという行為は、住まい全体、ひいては人生のあらゆる選択において主体的になるための練習になります。施主支給とは、大きな家づくりのイベントに限った話ではありません。キッチンに立つ自分の違和感を見逃さず、一枚のまな板をアップデートすることから、自分らしい暮らしへのリフォームは始まっているのです。
施主支給という選択がもたらす責任と深い愛着
自分基準で道具を選ぶことは、同時にその選択の結果を引き受ける責任を伴います。リフォーム会社が用意した標準品であれば、故障時の修理や交換はスムーズに行われるでしょう。しかし、施主支給品の場合は、自分でメーカーに問い合わせ、保証内容を確認しなければなりません。こうした手間を「面倒」と捉えるか、「納得感のためのコスト」と捉えるかが、このライフスタイルに向いているかどうかの分かれ目となります。
しかし、苦労して手配し、設置した設備や道具には、他では得られない深い愛着が宿ります。それは、単に消費するだけの関係ではなく、その道具と共に暮らしていくという決意の表れでもあるからです。自分で調べ、悩み、選び抜いたプロセスそのものが、住まいの記憶として刻まれていきます。手間をかけることを厭わず、自分の「好き」を信じて環境を整えていく。その積み重ねが、どこにでもある家を、世界でたった一つの「自分の居場所」へと変えていくのです。
まとめ
「施主支給」という考え方を日常に取り入れることは、自分の価値観を再確認し、暮らしを再構築するエキサイティングな試みです。アラジンのトースターや一枚のまな板といった身近な道具から、自分基準の選択を始めてみてください。プロの知恵を借りつつも、最後は自分の感性を信じて選び抜く。そのプロセスを経て整えられた空間は、あなたにとって最高のリフォームとなるはずです。

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